Tengo hambre, Ay mi madre
〜テンゴアンブレ、アイミマードレ〜第4回「カルナバル・コンパルサの巻」
「ピンチは最大のチャンスである」
ウッシャー!上げていかんとねー!難しい時こそやってかんと、落ちたら終わりや。自然の力を信じて立ち向かってみましょう。何かを手に入れたことがすぐに実感できるはず。歌はいいですよ、全ては歌です。声出して歌っていきませう。踊りもいいですね。欲しかったモノを手に入れる近道ですよ。あ、恥ずかしいって煩わしいですね。恥ずかしさを懐かしんじゃいけません。次行きましょう。「変わり続けるからこそ変わらないでいられる」byニール・ヤング。安心して新しい自分創り。今日も一日お元気で。という訳でCARNABAL2003!!!!!
11月8日から11月22日までの2週間、ハバナはカルナバル!カーニバル!コンパルサ!に突入してました。カーニバルといえばブラジルのそれが世界的に有名ですが、キューバにもあります!ブラジルと比べ規模はそれほど大きくないものの、キューバのそれも立派にカーニバル。ハバナはお祭り気分に沸き立ちます。さてブラジルでカーニバルのパレード音楽といえばサンバ。ここキューバではコンパルサと呼ばれるキューバ独特のカーニバル・ミュージックでパレードが行われます。コンパルサ、またの名前をコンガ。このキューバ独特のカーニバル音楽は他のキューバ音楽の例にもれずやはりポリリズム(4/4拍子と6/8拍子の複合体)が基本。よって4/4拍子が基本のサンバに比べちょっと聞こえは複雑。キックの音が4/4ではなく6/8の2拍目と5拍目に入っているため、その時耳を傾ける楽器によって全然違うリズムに聞こえます。
コンパルサの基本的な編成は先程キックと書いた、ボンボと呼ばれる大太鼓(サンバにおけるスルドの役割)2人。これにルンバ・クラーベを叩くカウベル、リズムの頭を刻むカウベル、サルテンと呼ばれるフライパンを二個逆さにして板にくっつけたもの、スネア、そしてコンガ、レバハドール、トレス・ドス、サリドール、キントと呼ばれる計5個の大小異なるコンガが使われ、トロンボーンやトランペット等の多数の金管楽器類がメロディーを奏で、100人近い踊り子隊が加わってマレコン通りという海岸沿いのハバナの大通りを行進するのです。
コンパルサ・チーム。それは日本のお祭り、阿波踊りやお神輿しとノリは同じ。楽器を演奏する人たちもプロのミュージシャンではなく(もちろん中にはプロもいますが)、一般の人たちです。 そして今回僕が参加したチームの名前は「Marquesitos de Atares(マルケシートス・デ・アタレス)」。アタレスとはハバナにある地区の名前で、バホ・ムンドと呼ばれるいわゆるゲットー(注1)。基本的にコンパルサのチームのある所は全てゲットー。貧しく教育が低く様々な人種が入り乱れているため、マトモな人間と本当にサル並の人間が同居する異常にふり幅の大きな世界。コンパルサ・チームのメンバーもマトモな学校の先生や職人さんから、ドラッグ・ディーラーやヒモ、売春婦と実に様々。「言いたい時に言いたい事を大声で言う!」という人がほとんどなので練習時の進行など困難を極めますが、でも大丈夫(笑)。最後には何となくまとまります。 彼らにとって音楽や踊りは日常のつらいことや嫌なことを忘れて恍惚状態になるためのもの。よってその日常が厳しいものであるほど、音楽に求められるレベルも高く厳しいものになるのは当然でしょう。彼らの音楽に対する要求は非常に高く、その集中力もハンパじゃありません。単なる軽い娯楽以上のものがそこには常に求められているのです。キューバで生き残るための大切な手段。。。。。
支配層から押し付けられる様々な理不尽や難題や侮蔑。それを笑いとばして生き残るには、日常を遥かに超越する恍惚状態に入り、さらに生き抜く力を得ること。カーニバルは庶民の娯楽ですが、その歴史は黒人奴隷に支配層が楽器を与えてコンパルサを演奏させた事にさかのぼるそうです。しかしこのダークな歴史との戦いナシにキューバ黒人音楽の存在はあり得ません。 今回のコンパルサの行進中、突然大雨が降ってきたことがありました。お客さんもどんどん避難していく中、カーニバル運営委員会は行進を続けろと言います。何で?何のために?誰もが思う。でも続けなければいけない。誰もが口々に文句を言い始めたその時、チームの一人がいいました。「さあ、大雨も降ってきた。タイコの皮もビショビショだ。もう俺達はとっくに難しい状況にいる。だから〜♪、やっていくんだ、歌っていこう♪!」と歌いだしました。そこからの全員のテンションの凄かったこと。全く降り止む様子の無い大雨にさすがにカーニバルは途中で中止になりましたが、帰りのバスの中でも皆のテンションはそのまま、歌い、叩き、踊っていたのです。
よっしゃ!勝った!最高!!!このライブ感!!!キューバ黒人音楽の醍醐味ですぞ(笑)。ちなみに僕らのチーム、「Marquesitos de Atares(マルケシートス・デ・アタレス)」は今回のCARNAVAL2003めでたく2位を受賞しました。
つづく。
注1:貧しい人達の住む区域のこと。キューバではバホ・ムンド、バリオス・バホスと呼ばれ黒人率が高い。


002 / アバクアの巻
003 / ルンバの巻
004 / カルナバル・コンパルサの巻
005 / SALSA!の巻
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IZUPON PROFILE
本名、出原亮介。大阪生まれ東京育ち。1992年、アンチ・テクニック・ハイ・センスに憧れ楽器初心者ギャル3人集めてガレージ・パンク・バンド、The Flamenco a Go Go結成。ベース・ギター、作詞作曲プロデュースを担当。3枚のアルバムと2枚のシングルをリリース。うちセカンド・アルバムは当時のインディーズ・チャート10週連続1位を記録、今だ語り草となる。1994年解散。1995年、アシッド体験に強烈な影響を受ける。「ドラムは異界に飛び立つための乗り物である」という言葉に憧れ、楽器をベースからパーカッションに変更。活動場所をライブハウスからクラブ、レイブ・パーティーに移し96年TRIBAL CIRCUS、99年からAOA、NXS、SOFT、TULULULUS等に参加。
2001年、渡キューバ。トランスするキューバ版ブードゥー教・サンテリアの儀式に衝撃を受け、そこで使われる太鼓・バタを習得のためキューバ五大バタ奏者の一人アンヘル・ボランニョ氏に師事。洗礼を受けてサンテリアの儀式でバタをたたく修行の日々。
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