Tengo hambre, Ay mi madre

〜テンゴアンブレ、アイミマードレ〜

第5回「SALSA!の巻」

「わしにとっては心のある道を旅することしかない、 どんな道にせよ心のある道をだ」 by ドン・ファン・マトゥス

世の中で一番くだらないものはプライドだ!虚を捨て実を取っていきましょう。久しぶりの更新ですが、みなさんお元気ですか?人間色々考え出すとキリがないものですが、やることやってりゃ時間は過ぎていきます。昨日も明日も締め出して今日を生きる。頼りは自分の心。本当これしかないですねー。

さてキューバ。よく「衣食住足りて礼節を知る」と言います。人間、ハードコア貧乏にまみれている時には、お金持ちの友達に会ったりすると、つい物欲しそうな顔になってしまいがち。それは責めることの出来ない人間の性というものですが、キューバの人達はその性に対抗できる技術を小さい頃から学びます。それは物事を何でも笑い飛ばすジョーク。そして全てを忘れて盛り上がり恍惚状態に入れるもの。そう、フィエスタ。そう、ミュージック。そう、ダンスです。という訳で今回はついに、キューバの国技、SALSAの巻きーーー!!!!!

SALSAサルサSALSA!!!いやー、ここキューバではマジで老若男女みんなサルサを踊ります。ウソみたいにみんな踊ります、踊れます。そのダンスの名はカシーノ。 これを踊る女の子はすごく女の子らしく可愛く見えるし、男は男らしく格好よく見える。 踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃソンソン!って本当の話。

ところで皆さんご存知だと思いますが、サルサは音楽のジャンルの名前であり、スペイン語でソースの意味。実はこの音楽、キューバではなくニューヨーク生まれ。 1960年後半から1970年初頭にかけて、ニューヨークにいた移民のプエルト・リコ人がジャズやファンクなどの音楽と、キューバの伝統音楽であるソン、をミックスしたのが始まりです。そして全世界的に文化や芸術の革命が起こった熱い時代の風と共に、移民としてアメリカに暮らすラティーノ達のアイデンティー確立に貢献。サルサは大きく盛り上がっていったのです。こうです。「スペイン語で歌うことは素晴らしい。ラテンアメリカよ!胸を張れ!!!」。

ニューヨークで出来たサルサ。それはすぐに本家キューバにも逆輸入されていきます。 そして逆輸入されたサルサはここキューバでさらに進化、名前を変えました。その名は「TIMBAティンバTIMBA」。

ティンバとはキューバン・サルサのこと。そしてキューバン・サルサとは伝統音楽ソンに、ルンバやサンテリアなどのアフロ・キューバン・リズムを大きく取り入れたもの。NYのサルサと違う、どこまでもウネる強烈なリズムが特徴。その強烈さは多彩な展開のハードコア・パンクのそれです。

歌詞やメロディーを重視する、スクエアーで、まるで歌謡曲なNYやプエルト・リコのサルサと違い、キューバのサルサはとにかくリズムに重点が置かれます。そのトリッキーなリズムの嵐に、初めて聞いた人は圧倒され、そのリズムを外さずに耳で追える人は少ないでしょう。非常に特徴的なベース、不思議な場所から突然入るパーカッションのフィルイン、そしてモントゥーノと呼ばれるピアノのこれまたトリッキーなフレーズ。一体何が起こっているのか?何が何だか分からないけど上がってしまう。そんな音楽。

そして勿論サルサはダンスミュージック!ヒップホップにブレイクダンスがあるように、サルサにはカシーノと呼ばれるダンスがセット。これは男女がペアで踊るサルサダンスですが、日本でよく見られるNYやLAスタイルの、見せるための競技風サルサダンスと違い、キューバのダンスはもっと自然体。見せることより踊っている本人達が楽しむことを重視しています。二人でステップを踏みながら、男の子は女の子をリードし、テコの原理や遠心力を利用して色んな技やターンをキメて楽しませ楽しむ。それはまるで遊園地の乗り物に乗っているような感覚。自由に踊れるようになるまで少々練習がいるところがクラブやパーティーで好き勝手に踊ることに慣れた僕達には少し取っ付きづらいですが、踊ると音楽も全然違ってリアルに聞こえてくるところがまた魅力。思わず笑顔です(^^)!!

001 / サンテリアの巻
002 / アバクアの巻
003 / ルンバの巻
004 / カルナバル・コンパルサの巻
005 / SALSA!の巻

IZUPON PROFILE
本名、出原亮介。大阪生まれ東京育ち。1992年、アンチ・テクニック・ハイ・センスに憧れ楽器初心者ギャル3人集めてガレージ・パンク・バンド、The Flamenco a Go Go結成。ベース・ギター、作詞作曲プロデュースを担当。3枚のアルバムと2枚のシングルをリリース。うちセカンド・アルバムは当時のインディーズ・チャート10週連続1位を記録、今だ語り草となる。1994年解散。1995年、アシッド体験に強烈な影響を受ける。「ドラムは異界に飛び立つための乗り物である」という言葉に憧れ、楽器をベースからパーカッションに変更。活動場所をライブハウスからクラブ、レイブ・パーティーに移し96年TRIBAL CIRCUS、99年からAOA、NXS、SOFT、TULULULUS等に参加。 2001年、渡キューバ。トランスするキューバ版ブードゥー教・サンテリアの儀式に衝撃を受け、そこで使われる太鼓・バタを習得のためキューバ五大バタ奏者の一人アンヘル・ボランニョ氏に師事。洗礼を受けてサンテリアの儀式でバタをたたく修行の日々。

オススメディスク

Manolin - El Medico De La Salsa [El Puente - Live in U.S.A]   とにかくオススメ!必聴盤!

Los Van Van [Esto Te Pon La Cabeza Mala] 35年以上のキャリアを誇る名実共にキューバNo.1グループ。去年来日も果たした。

Sergent Garcia [Sin Frontera] フランス人ですがキューバン・サルサを演奏。レゲエも取り入れイイ感じです。

Charanga Habanera [Soy Cubano Soy Popular] ちょっとイナたいけど、グルーブは強烈!