Soft Meets Pan / Tam ~ Message to The Sun
Chee Shimizu Interview
―TAM『Soft meets Pan』を聴かれたときどのような印象がありましたでしょうか? またどのような作品だと思いましたか?

この作品をはじめて聴いたのは2016年のことと記憶しています。私のレコードショップ<Organic Music>でSoft meets Panの12インチ・シングルを取り扱う際に、Moochyから絵本を頂いたのが最初の出会いです。一聴しただけで素晴らしい音楽であると直感しました。

―TAM 『Soft meets Pan』がアナログで2021年に再びリリースされるきっかけとなったのは、Cheeさんからの助言があったからだとMoochyさんよりお聞きいたしました。2021年にこの作品をアナログ化したいと思った理由を教えてください。

Moochyには以前から、この作品をフル・アルバムとしてアナログ・レコードにした方が良いと話していました。今年の夏に彼が私の店を訪れた際に、あらためてその思いを伝え、製作の協力を申し出ました。国内であらたなアナログ・プレスの製造ラインを確立したTUFF VINYLの賛同も得ることができ、今回のリリースが実現しました。すべてご縁の賜物です。

―楽器「スティールパン」の魅力を教えてください。

スティールパンはエネルギッシュな祭りの楽器でありながら、その音色には人の心を癒す効果を持ち合わせている稀有な楽器だと思います。スティールパンが生まれたトリニダード・トバゴに限らず、黒人音楽には悲しい歴史の背景がありますが、彼らは異文化による外圧を乗り越え、音楽を奏でるという生命的な躍動によってそれらを克服してきました。身近にあるものを楽器として利用し奏でられる音楽は素朴であり、とても豊かなものです。

―TAM『Soft meets Pan』の最初のリリースである2010年から、今作リリースの2021年までの間、ご自身の中ではどのような変化がありましたか?

私は90年代初頭からDJとして現場での活動を続けてきましたが、レコード・ショップをはじめた2008年以降、音楽の聴き方や音楽に対する姿勢も、歳を重ねるごとに変化しました。レーベルの運営やプロデュース、執筆業など、活動の幅も徐々に広がっていきました。自分のやりたいことだけに邁進した11年ですが、それも家族や出会った人たちの支えがあってのこと。今お付き合いのあるたくさんの音楽人のなかでもMoochyは、20代前半の私を知る唯一の友人かもしれませんし、SOFTの面々、エンジニアのSINKICHIさん、デザイナーのQOTAROO君も、これまでに色々な局面でご一緒しました。不思議な縁を感じます。

―2021年12月24日にTAM『Soft meets Pan』がアナログとなりリリースされました。再び新しくなった作品はいかがですか?

今回のアナログ盤制作にあたり、SINKICHIさんにはオリジナル音源に含まれる豊かな成分を活かした素晴らしいマスタリングをして頂き、カッティングを担当して頂いたMixers Lab.の北村さんの手腕で、繊細な音を刻み込むことができました。TUFF VINYLの全面的なバックアップのもと、高品位なアナログ・レコードが完成したと自負しています。本作に宿る生命感、純粋なエネルギーは色褪せることなく、なお新鮮に響いています。アナログ・レコードというフィジカルなメディアにそのエネルギーが記録されたことで、今後も長く愛され続けると思っています。今回のリリースにあわせて、UAさんの朗読によるアニメーションも公開されます。レコードを聴いた方、アニメーションを観た方が、オリジナルの絵本にもまた興味を持っていただけると嬉しいです。

―コロナ渦がまだ完全に収まっていない世の中ではありますが、今後の活動について、またシャウトしたいことがありましたら教えて頂けますでしょうか?

未来はだれにもわかりませんが、どう向き合うかは自分次第です。私は音楽から多くのことを学びました。これからも音楽の力を信じて精進するのみです。




Chee Shimizu (17853 Records)

90年代初期よりDJとして国内外で長きにわたり活動を続ける。そのほか選曲家、文筆家、プロデューサー、レコード·ショップOrganic Musicの運営、レコード·レーベル17853 Recordsの主宰など、音楽に携わる様々な仕事に従事している。

【 17853 Recordsの作品】

Riccardo Sinigaglia / Works 1976-1981 : Scorrevole (RFLP001/2015/LP)
イタリア·ミラノの老舗レーベルADNとの共同リリース。 プレス: 東洋化成

Synth Sisters / Aube (RFLP002/2016/LP)
大阪のデュオCROSSBREDの別ユニットが2014年に自主製作したCDアルバムのアナログ化。KABAMIXによるリマスタリング。
プレス: Pallas Schallplatten / DMM採用/ 500枚完売

甲田益也子 / in the shadow of jupiter (RFMLP003/2016/Mini-LP)
dip in the poolの甲田益也子の1998年発表ソロ·アルバムのリワーク/リミックス作品。木村達司のGrandiscレーベルとの共同リリース。オノ·セイゲンによるマスタリング。
プレス: Pallas Schallplatten / DMM採用 / 1,000枚完売

吉村弘 / Pier & Loft (RFLP004/2017/LP)
1983年にカセットテープで発表されたアルバムの初アナログ化。Sinkichi Kadoyaによるリマスタリング。
プレス: Pallas Schallplatten / DMM採用 / 2,000枚完売

【主なアナログ製作プロデュース作品】

Various - More Better Days: Avant-Wave (Nippon Colombia/HMJY-108/2016/LP)
Various - More Better Days: Funky & Mellow (Nippon Colombia/HMJY-109/2016/LP)
プレス: 東洋化成

Aragon - Aragon (HMV Record Shop/HRLP-029/2016/LP)
プレス: GZ Media

Yasuaki Shimizu - (Re)Subliminal (HMV Record Shop/HRLP098/2017/LP)
リマスタリング:Sinkichi Kadoya (Koza BC Street Studio)
プレス:Optimal Media

Yasuaki Shimizu - Dementos (HMV Record Shop/HRLP-143/2018/LP)
リマスタリング:高宮永徹(Flower Records)
プレス:Optimal Media

Litto Nebbia - Canciones Favoritas (World's Trees Records/WSTS2002/LP)
リマスタリング:Saideara Mastering
プレス: Pallas Schallplatten

他多数。


高品質国内プレスへの挑戦

 また、本企画には「国内製造による高音質盤の実現」という、もうひとつの大きな目的·目標を掲げています。

 ご周知のとおり、90年代初期にメディアとしてのアナログ·レコードの需要衰退とともに 国内プレス·プラントが消滅の一途を辿るなか、東洋化成株式会社のみが辛うじてプレス事業を継続し、 国内におけるアナログ·レコード製造の文化を死守してきました。2000年代以降、アナログ·レコードの 世界的な需要拡大の到来により、大きな変化の時期が訪れています。
シティ·ポップ、アンビエント/ニューエイジをはじめ、70年代から80年代にここ日本で生まれた音楽と そのレコードが中古盤市場、再発盤市場ともに世界的なブームとなっていますが、 その多くは大手レコード会社が原盤権を所有する音源で、権利関係や輸出入の問題も含めて、 国内と海外の交互流通はいまだ確立されていない状況です。

 私たちは90年代初頭よりDJとして、また、レコード·レーベル主宰者、レコード·ショップの経営者として、 これまで長きにわたりアナログ·レコードと密接に関わりを持ち、ダンスフロアとホーム·リスニング双方におけるアナログ·レコードのあり方を追求してまいりました。
 また、それぞれが主宰するレーベルや様々なプロジェクトにおいて、アナログ·レコードの制作を数多く経験してまいりました。宮脇は自身のレーベルを通じて東洋化成とのプロジェクトにも数多く携わり、清水もHMV Record Shopとのプロジェクトなどで主に日本コロムビアや日本ビクター所有音源のアナログ·レコード制作に携わり、国内プレスにおける制作過程、作業行程を学んでまいりました。

 海外プレスについても、自身のレーベルや他社とのプロジェクトにおいて数多く実践してまいりましたが、音質面、製造コストや海外での流通面に大きなメリットを感じる反面、クオリティ·コントロールの困難さ、国内輸入コストのデメリットも感じてまいりました。同様に、国内製造したアナログ·レコードを海外の流通システムに乗せる難しさも実感し、大きな負担を抱えながらこの問題を解決するための糸口を探ってまいりました。

 わたしたちの大きな目標のひとつとして、国内プレスによる高品質なアナログ·レコードを制作することで、国内需要のみならず海外の市場においても特別な付加価値を見出し、現在の環境で出来得る限りの良質な国産アナログ·レコードを世界に届けたいと考えております。私たちは両者ともに個人運営のインディペンデント·レーベルで、その目標の実現は決して容易なものではありませんが、それぞれの持てる力を結集し、国産アナログ·レコードの未来·可能性に向けての挑戦を続けたいと思っております。今回のプロジェクトを良い前例とすることで、今後のあらたな展開を共有できるよう、ぜひ、御社のお力添えを頂きたく、ここにお願い申し上げます。


良質な国産アナログ·レコードを考える

 アナログ·レコードが主要メディアだった時代の日本では、数多くの良質なディスクが製作されました。
 1981年、CBS/Sonyから発売された1枚のアルバムがあります。
日本人ジャズ·ピアニスト菊地雅章の『Susto』です。70年代よりニューヨークを活動の拠点としていた氏は、 1980年に米CBS Columbiaと専属契約と交わし、 その第一弾としてリリースされたのがこのアルバムです。現地ミュージシャンとともに ニューヨークでレコーディングされたのち、 日本でオーバー·ダブ·レコーディングとミックスが行われています。

 国内では通常盤と、<Master Sound>を採用した盤が発売されています。
ハーフスピード·マスタリング、デジタル·マスタリング、ダイレクト·ディスクといった技術を導入した <Master Sound>を採用したディスクは当時、CBS/Sonyから数多く発売されており、 すべてを聴いたわけではありませんが、なかでも『Susto』は群を抜いて素晴らしい音質であると感じます。 <Master Sound>盤に限らず、通常盤の『Susto』にも非常に高品位な音が刻み込まれています。
厚みのある低域、豊かな中域、伸びのある高域を備えた明瞭な音像。
わたしはこれまでにこのレコードを様々な環境下で再生してきました。
クラブのサウンド·システム、ピュア·オーディオ·システム、民生用の廉価なオーディオ·システム、 どのような環境においても実に素晴らしい音、音楽が聞こえてきます。

 80年代におけるほかの事例として、ECM Recordsのタイトルの国内盤があります。
ECMは1969年にドイツ人ジャズ·ベーシストManfred Eicherが設立したインディペンデント·レーベルで、 現在も絶え間なく作品を発表し続け、インディペンデントとしては異例の成功を収めていいます。
その特徴は、レーベルの全作品をとおして統一感のある繊細な音作りがなされていることで知られています。


国内盤の製造は70年代よりポリドールとトリオ·レコードが担っていました。
すべてとは言えませんが、オリジナル·ドイツ盤と比較してクオリティに大きな差が感じられ、 「国内盤は音が良くない」という先入観をもつ国内のECMファンも少なくありません。
 しかし1985年、ポリドールがECMの創設15周年を記念して、 オリジナル·マスターからのダイレクト·デジタル·マスタリング、高品質材料を使用した 特別重量盤<ECM Highest Quality>シリーズとしてリリースした再発盤は、 ECMのカラーを損なうことなく、また国内盤ならではの繊細な音質を実現しています。
製作に携わった方達の高い意識と並々ならぬ努力を感じる、優れた国内盤のひとつです。

 同時代、新しい記録メディアとしてのCDが登場し、 1990年には主要メディアとしてのアナログ·レコードの役割は終わり、 アナログ·レコード製造に関する技術開発も終焉を迎えました。
70年代中期から80年代中期までの10年間に躍進した技術の背景には、 高度経済成長の過渡期からバブルへ向かった時代の潤沢な資金の後押しがあることは事実ですが、 成熟したアナログ技術と黎明のデジタル技術が混合した、ある意味で奇跡的な事象であったのかもしれません。

 ドイツの老舗プラントPallas Schallplattenでは、80年代初期にTELDEC社Neuman社が開発した DMM(ダイレクト・メタル・マスタリング)が現在も活用されているなど、 当時の技術は現在の製作現場においても採用されていますが、レコーディング/マスタリング環境を含め、 上述のような贅を尽くしたアナログ·レコード製作技術を現在に再現することは困難です。
しかし、過去に製作された国産のアナログ·レコードには、 今後の製作においても参考にすべき良質なものが数多くあり、 アナログ·モデリングをはじめデジタル技術が飛躍的に向上した今、 それらのクオリティに匹敵する、もしくはそれらを凌駕するものを製作することも不可能ではないのです。

 先述のとおり、昨今は70年代から80年代に日本で製作された さまざまなジャンルの音楽/レコードが世界的なブームとなり、 帯などのパッケージ·デザインにおいても海外で流行していますが、 国産アナログ·レコードの音質/品質に対する評価の声をあまり聞くことはありません。
無論、リスナーとっては音楽そのものが最も重要であり、 ディスクの品質に目を向けるのは一部のマニアであるかもしれませんが、 アナログ·レコードは総合芸術であり、良質なアナログ·レコードとは、 再生環境によらず聴き手の胸を打つ音楽、音が刻み込まれたものだと考えます。
「最近の国内盤は音が良い」、そう言われる日が来るために、何が出来るのかを考えています。

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